桂の都

 

今日は雷が鳴って 雨が降っているのに日が差して、

変なお天気でした。

  

秋祭りも もう終わり。

お囃子 笛や太鼓の音 担ぎ手達の唄声

焼きそばや リンゴ飴 当てもの くじ引き。

 

そうそう。 昔の事を思い出しまして。

 

clover 

小学生の頃、 見世物小屋に入った事があります。

私はその日 兄と二人でお祭に行きました。

小屋の入口には お化け屋敷のような

おどろおどろしい絵が描かれ、

客を呼び込むおじさんの声に 大人も子供もひきつけられていました。

 

兄はもうすでに ワクワクしている様子でしたが、

私は本当は怖くて中に入るのは嫌だったのです。

でも子ども二人きりで来ているので 

はぐれたくありませんから 渋渋、一緒に入ったのでした。

 

お客さんは大人達が多くて 

笑い声や 「 おお~ 」っという驚きの声と拍手を

聞いた様に思います。

 

ホンマの事を言うと

私は 一体何が面白いのか解らず、

しかめっ面をしていたかもしれません。

 

もう終わりの頃に、 とても大きな蛇を抱えた舞台上の人が

「 蛇に触りたい人は どうぞ触って下さい 」と言いました。

私は ギョッとしましたが、 

沢山の客が 舞台の方へ向かい始めました。

兄もまた然り。

 

clover

この人は私と違って 生き物が大好きなのです。

動物園でカメレオンを見た時、

「 あれが欲しい! 買って買って!! 」と

父にせがんで困らせて 駄々をこねる様な少年でした。

そんな兄を見て 私はまだ小さかったくせに

果てしなく冷めた目で

( ・・・あほちゃうか ) と思った記憶があります。

ホントに可愛くありませんねぇ (笑)

  

clover 

舞台へ向かった兄を目で追っていると、 

こちらを振り返って 大きく手招きするではありませんか。

( おチェル 早よ来い!! )

 

蛇を触りたくなんかないですが、 それよりも

周りの知らない大人達の中に置き去りにされる方が怖かったのです。

 

私は他の人たちの間から手を伸ばして

ジッとしている蛇を ササッと触りました。

そして兄と二人で小屋から出ました。

 

clover

別の日、 同じ場所へ行くと

もうお祭りは終わっていて 出店もあの小屋もありませんでした。

そこは 静かな場所に変わっていました。

 

いえ、 変わったのではなく 元に戻っていたのです。

出店も小屋も 次の営業へ行ってしまったのです。

今なら当然理解できます。

 

でも その時の私は小さかったからなのかアホなのか、

“ お商売 ”が理解できず

別の世界に消えていった様な気がして

祭の後の静けさに ほんの少し恐怖を感じていたのでした。

   

そこで見たものが 全て本物だったかどうかは置いておいて、

好奇心で盛り上がった騒がしい小屋の中での光景と

何もない穏やかな静けさとの差が とても奇妙で、 

私は振り返るのが怖くて

多分、走ってその場から離れたと思います。

  

 

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やがて私は 道で迷っても泣かなくなり、

終わりも 侘しさも知り、 

忙しさに 寂しさを忘れる事も知りました。

いろんな感情も覚えました。  

 

肺の中に重い鉛が入っている様な苦しい夜もあります。

弾けさせればきっと楽でしょうが、 

抑える事に慣れる事も経験で覚えてゆくのですね。

慣れ過ぎないように それを違う方向へ持っていく事も知りました。

 

まぁ ぼちぼちですわ。 

  

 

maple

お天気の良い日、 黄昏時の空は紅茶のように綺麗ですね。

 

昼と夜がまじりあう時間は短くて

移ろう季節のように 空の色は変わってゆきます。

 

青空と 赤い夕焼けの色が濃い日は

月も鮮やかでしょうか。

 

私のいる所は石山寺ではないけれど

見える範囲で 静かに秋月を感じ取り眺めたいと思っています。

  

  

 

2017年5月21日 (日)

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皆様 お久しぶりです。

息災~?

私は相変わらず ボケーっとしていますよ。

季節の変わり目、

体調を崩されませんよう お気をつけ下さいね。

 

チェルコ(^^)/

2016年12月24日 (土)

メリークリスマス☆

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2015年12月 1日 (火)

ボッケ~としています

Photo
 

息子に激写されてしまいました。

 

くそう・・・言ってくれればポーズくらいしたのだが。

2015年11月27日 (金)

ゆりちゃんから

Photo

天海祐希さんに 頂きました。 smile

2015年8月21日 (金)

夏影

ぬおーーーー!

 

今年の夏は 異様に暑かったですね。

 

幾分 涼しくなったかなmist

 

芸術の秋までもう少し。

 

 

夏の終わりを楽しみましょう♪

 

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おチェル。

2015年7月19日 (日)

秘花 15

七月一日。

 

僕は京都に降り立った。

 

快晴で 梅雨の水分をすっかり吸った木々の葉は

 

キラキラと眩しく 僕を迎えてくれた。

 

 

まずは 丸善に向かったのだが、

 

入口に 「檸檬を置かないで下さい」と張り紙がしてあって

 

僕は思わず苦笑いした。

 

まさに それを行うためにきたのだもの。

 

置き去りにするのはいけないことだろうけれど

 

何冊か地味な色の本を重ねて、頂上に檸檬を置いた。

 

そうして高梨君を想い 淡い口づけを思い出し

 

そっと唇を撫でた。

 

しばらく 眺めていると 

 

店員さんが態(わざ)とらしく僕の横に来て咳払いをしたので

 

僕は檸檬と本を片付けて 丸善を後にした。

 

 

哲学の道を 文学について語り合いながら高梨君と歩けたら

 

どんなに楽しいだろうと思った。

 

 

ベストセラー作家になって 芥川賞を

 

 

僕らの夢は 今の木々の葉ように生き生きとしていた。

 

 

清水寺では音羽の滝を眺め、 離れた場所から舞台を臨んだ。

 

あの場所で千鶴さんは 舞ったことがあるのかもしれない。

 

 

時間は既に夕刻になり、

 

鹿苑寺のそばにある宿に予約して、金閣へと向かった。

 

 

嗚呼・・・・ため息しか出ない・・・・なんという美しさ。

 

僕は 金閣と 舞台で舞う千鶴さんを重ねて見つめていた。

 

 

 

奥まった場所にあるのに 風が吹いた。

 

白南風(しらはえ)・・・・

 

 

 

「鞍馬山の遮那王もかくや。

 

 宮園の若の美貌は こんなにも荘厳な金閣寺に負けていませんな」

 

聞き覚えのある声に振り向いた。

 

「福山教授・・・?」

 

「探したぜ。北山の寺で会うとは 宝生に嫉妬されそうだな」

 

「・・・・どうして? 教授が?」

 

「ばーか。 お前さんを心配してるのは宝生千鶴だけじゃないんだぞ。

 

 例の伯爵様たちに かっさわれたんじゃないかって

 

 宝生の弟からSOSを発信されたってわけさ」

 

「・・・・新さんが・・・・」

 

「いや、偶然というか必然というか 俺もこっちに用があってな、

 

 試しに高梨の所へ行って良かったよ。

 

 まさかお前さんが京都にいるなんて 思いもしなかったからな」

 

 

高梨君・・・・刺青のことは言ってないのかな・・・・・

 

「そうだ、高梨君から手紙を託(ことづか)ったよ」

 

「手紙を?」

 

「うむ。 本当は自分の作品を君に読んでもらいたかったそうだが」

 

「・・・・・・」

 

「それはもう・・・叶わぬことだ と言ってね」

 

 

『初夏の風』 :川上澄生

 

初夏の風となりたや 

 

彼の人の前にはだかり 

 

彼の人のうしろより吹く 

 

初夏の風となりたや

 


涙で視界が滲む。 

 

「お前さんは宝生の気持ちを考えたことがあるか?」

 

「え・・・・」

 

「天然のお前さんのことだから 高梨や伯爵たちの心まで奪っちまうんだろうが

 

そういうところが危なっかしくて愛おしくて たまらないんだよ、宝生は」

 

 

千鶴さんの気持ち・・・・

 

そんなにも求められているなんて・・・・

 

僕は・・・・

 

千鶴さんの元から離れようとしているのに・・・・

 

実家に戻って 仏行を と思っていたのに。 

 

 

「とにかく。 今夜はお前さんの泊まる宿につき合わさせてもらうぜ」

 

「あ・・・・はい。 ご心配をおかけしてすみませんでした」

 

 

「それは東京の宝生の所に帰って言いな。

 

 俺は 恋女房を迎えに来たんだ」

 

「えっ!!」

 

 

「そんなに驚くことかよ。 あ~でも驚くかもな。 相手は男だからな」

 

「え、ええっ?」

 

 

「関西人なら なんでやねん!って突っ込まれてるところだぞ、

 

 お前さんが言うか」

 

「あの・・・・京都の方ですか?」

 

 

「生まれは九州。 今は大阪の楼にいる」

 

「楼・・・・」

 

 

「変な目で見るとぶっ飛ばすぞ」

 

「見ませんよ、変な目で」

 

 

教授は ポンと僕の頭に手を置いた。

 

「透っていうんだ。 よろしくな」

 

「あ・・・・はい」

 

「さて、腹も減ったことだし宿に向かおうぜ」

 

「そうですね」

 

 

と 歩き出した教授の後をついて歩いていたら 急に教授が立ち止まって

 

僕はぶつかってしまった。

 

「なんですか、一体」

 

「あれ見ろ」

 

視線の先にいたのは・・・・

 

「うわっ」

 

地面を這う何匹もの蛇だった。

 

「どうしてあんなに蛇が・・・・」

 

「あれかな、梅雨の雨で巣が塞がったのかな」

 

 

僕らは 蛇を珍しく見ながら 金閣を後にした。

 

 

 

「大風呂に行こうぜ。 汗かいた」

 

「あ・・・いえ僕は・・・・手ぬぐいで拭きますから」

 

「へぇ~ ま、いいか。 じゃあ俺ひとりで行くぞ」

 

「はい」

 

 

やっぱり高梨君は 僕の刺青の事を話していないらしい。

 

 

「知ってるか? 体はな あんまりゴシゴシ洗わないほうがいいんだ」

 

「え、そうなんですか?」

 

 

にっこり微笑んだ福山教授は鼻歌交じりに浴場へと向かった。

 

 

 

 

その晩。

 

千鶴さんに抱かれている夢を見た。

 

僕しか知らない あの声、あの表情。

 

僕を天にも昇らせ 奈落へと落とす あの体・・・・

 

「・・・・・ぁ・・・・・ぁぅ・・・・・」


 

・・・・・熱い・・・・・

 

背中が燃える・・・・

 

熱い・・・・っ

 

 

「おい宮園、起きろっ火事だ!」

 

「え・・・・・ええっ?」

 

 

僕は一気に飛び起きた。

 

焦げ臭い・・・・

 

 

「ゴホッゴホッ」

 

「ここじゃないらしいが近いぞ。 着物着て荷物をまとめておけ」

 

「は、はいっ」

 

 

部屋から飛び出した僕らと 女将さんがちょうどはち合わせた。

 

 

「ああっ女将! どこが燃えてるんだ?!」

 

「福山様、宮園様 ここにいれば安心ですから 外に出ないでくださいませね!」

 

 

動揺してる・・・

 

もどかしいのか 教授がもう一度同じことを尋ねた。

 

 

「どこが燃えてるんだっ 女将っ」

 

「き・・・・金閣寺が・・・」

 

 

な!

 

僕らは目を見開いて視線を合わせた。

 

次の瞬間 僕の体は弾けるように勝手に動いていた。

 

 

金閣寺が・・・金閣寺が燃えてる?! 嘘だろ?!

 

 

「お、おい宮園!待て!

 

くそっ 火事場の何とやら  俊足かよ、 女将っ 荷物を頼む!」

 

「ああっ 行ったらあきまへんっ!!」

 

 

昭和二十五年 七月二日 午前二時

 

鹿苑寺 金閣 炎上!

 

龍馬伝より 『想望』

秘花 14

急いで家に戻り、着物に着替え

 

まとまった金を持って 高梨君の療養所へ向かった。

 

陽は傾きかけていた。

 

 

 

サナトリウムの廊下は病院独特の消毒の匂いがした。

 

その中に 天花粉の香りが混ざっているように思えた。

 

赤ちゃんが入院しているのだろうか・・・・

 

 

 

赤ちゃん・・・・

 

 

僕はどうしても千鶴さんの赤ちゃんが欲しい。

 

けれどそれは絶対に叶わないのだ。

 

たとえ僕が女性であっても

 

宮園の血は 後世に遺すわけにはいかない。

 

ならば・・・

 

この体に あの人の分身を刻み込むしかない。

 

 

 

カチャ

 

 

高梨君の病室は個室だった。

 

 

彼は僕を見て目を瞠った。

 

「宮園君・・・・どうしたんだ一体。

 

 こんなところに来てはいけない。 早く帰りたまえ・・・ゴホッ」

 

 

「頼みがある」

 

「・・・・頼み? 君がこの僕に?」

 

「君にしか頼めないんだ」

 

「断る」

 

 

まだ何も言ってな・・・・

 

「病床の僕に、ではなく 父の仕事の関係だろ?」

 

 

しばらく言葉も出ずに 二人見つめ合った。

 

 

「彫師を紹介してほしい」

 

「何のためだ。 宝生さんの望みか」

 

「違う! 千鶴さんは・・・・入院しているんだ」

 

 

僕は高梨君に 千鶴さんの病状を伝えた。

 

 

「彫師って・・・ 君が刺青を入れるのか?

 

 そんな事をしても 宝生さんは喜びはしないぞ」

 

「うん・・・分かってる。 多分嫌われる」

 

「あやふやな感情論で一生を台無しにする気か!

 

 何故 修羅の道を選ぶ」

 

 

あやふやではない。

 

確固たる・・・そう、これは千鶴さんへの執着だ。

 

 

「大学はどうするんだ、水泳は必須科目だぞ。

 

 ・・・いや、そうじゃない。

 

 僕が言いたいのはそういう環境的思慮ではない・・・

 

 君が言うのか?

 

 愛する男の分身が欲しいと  君が僕に言うのか?

 

 

 

 

(・・・・・・覚えておいて下さい。 もし雪君に何かあったら・・・・その人の身に。  

 

 僕は地の果てからでも駆けつけて 貴方を見つけて必ず殺す!)

 

 

 

 

「僕は・・・・鬼だ」

 

君の気持ちを知っていて 千鶴さんへの想いをぶつけるなんて・・・・

 

 

「鬼が何故泣く。 鬼なら笑え」

 

「え・・・」

 

「鬼なら僕をもっと不幸にしろ。 わかるか?

 

 不幸にするためには 幸せにしなくてはならないんだ」

 

 

言いたいことは分かる。

 

でも どうすれば・・・・

 

「一度でいい・・・願いを叶えてくれないか。

 

 雪。。。と呼んでもいいかい?」

 

僕は頷いた。

 

 

「雪・・・・抱きしめてもいいかい?」

 

僕はこの人を幸せにできるのだろうか。

 

たとえ 刹那であったとしても。

 

横たわる高梨君の額にかかった前髪を上げ 僕は彼の上にのしかかった。

 

 

「雪・・・・雪・・・・」

 


 

僕は そっと、 彼と口づけを交わした。

 

朝露のような口づけだった。

 

 

「一度でいい・・・雪と京都に旅行に行きたかったなぁ・・・・」

 

 

涙を流しながら 僕らは見つめ合った。

 

 

「彫った後に京都に行くよ。 檸檬を持って」

 

「檸檬か・・・・僕は檸檬になって君と京都に行くんだね」

 

「ああ。そうだよ。 そしていつか本当に行こう」

 

 

「ここに・・・・ゴホッ・・・・行けば 日本画の先生が彫師をしている。

 

 彫一さんというんだ。

 

 父の組の人たちがお世話になっているんだ。

 

 僕の名前を出すといい。 悪いようにはしないはずだ」

 

 

「・・・・すまない・・・・本当にありがとう」

 

「さぁ往くがいい。 君は僕を幸せにして不幸にする鬼だ。

 

 最愛の・・・・ひとだ。 幸運を祈る」

 

 

 

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

 

 

「宮園さん できましたよ」

 

気がつけば朝になっていた。

 

 

「見るかい? 合わせ鏡を用意しよう」

 

 

 

 

 

「あ・・・・ああ・・・・」

 

 

僕は鶴を背中に見て 涙が溢れて止まらなかった。

 

なんという安堵感。

 

僕が欲してしたものが この体に確かに宿っている。

 

 

「お代を払います。 いくらですか」

 

「最初に話したように 私は経緯を重んじるのだ。

 

 もう一度 日本画を描こうと思わせてくれた。

 

 君に感謝申し上げる。

 

 それに・・・・丁二君から3倍ほど貰っているからね」 

 

 

「・・・・やっぱり貴方は ラスプーチンのような人だ」

 

「はは・・・さて これからどうするんだい?」

 

「京都に行きます」

 

「そうか・・・・自分を探しに行ってくるといい」

 

「はい」

 

 

 

高梨君との約束、檸檬を持って京都へ行こう。

 

梶井基次郎の檸檬と 高村光太郎のレモンを持って。

 

 

 

お届け曲 : 徳永英明&一青窈 『ハナミズキ』

 

 

 

2015年6月28日 (日)

秘花 13

千鶴さんが運ばれた病院に走り込んだ。

 

待合室に房枝さんが 不安げに座っていた。

 

「ああ 房枝様!」

 

「・・・・しのさん、雪さん!」

 

房枝さんは僕を見つめる。

 

僕としのさんは 房枝さんの両隣に座り 体を支えた。

 

 

「今 新さんとお義父様が 先生のお話を聞いているの」

 

「怪我ではないのですね?!」

 

「ええ」

 

 

僕は教授から聞いた 激突事故を頭に描いていたから

 

少し ホッとした。

 

 

嗚呼・・・でも・・・・

 

もしも心臓に負担がかかっていたなら・・・・

 

想像するだけでも恐ろしい。

 

 

僕は立ち上がり、宙を見つめ祈った。

 

 

(神様・・・八百万の神様・・・仏様・・・菩薩様・・・・

 

 どうかどうか 連れて行かないで。

 

 僕のたったひとりの人を。

 

 僕の命に代えてもいい、

 

 そのひとを連れて行かないで・・・!)

 

 

 

 

「・・・・神様・・・・」

 

 

 

 

 

振り返った僕が見たものは・・・

 

 

「・・・・房枝さん・・・・」

 

 

その声は 千年の前の深淵から響くような声だった。

 

 

愛する人と我との融合。

 

そして その証の 新しい命との合一。

 

僕は思った。

 

千鶴さんが 春に生まれる赤ちゃんを抱き上げている姿を。

 

嗚呼。 なんという憧憬。

 

 

怖い・・・・千鶴さんが 僕の体を見て 我に返るのが怖い。

 

房枝さんが蘭の花なら 僕は 花蟷螂(ハナカマキリ)だ。

 

 

 

カチャ

 

 

「あなた!」

 

「ああ 房枝。 あ、雪さん。 大丈夫。 心配しないで」

 

「新さんっ 千鶴さんはっ どうなんです?!」

 

 

「ん・・・肺気胸だそうだ」

 

 

・・・肺気胸?

 

 

「肺に小さな穴が開いていてね。 でも手術せず自然治癒できるそうだ」

 

「ああ、 良かったっ」

 

「房枝様、 赤さまに障りがあったらいけませんわ」

 

「そうだね、 房枝 帰って休みなさい」

 

「お会いできないの? 千鶴様に」

 

 

「えっと・・・ご家族の方」

 

看護婦さんが声をかけてきた。

 

「どうぞ。 病室にご案内します。 でも今日はすぐお引き取り下さいね」

 

 

新さんと お父様、 房枝さんがついて行く。

 

「さ、 雪様も」

 

「え」

 

 

僕は・・・僕は・・・

 

 

家族ではない

 

婚約者でもない

 

花になりたくても 花になりきれない 蟷螂だ。

 

 

「・・・・しのさん・・・千鶴さんのお世話・・・どうか、どうか・・・頼みます」

 

「え? 雪様 いかがなさいました?」

 

 

僕は その場にいられなくて 無様にも泣きながら走り去った。

 

「雪さん!」

 

 

新さん・・・千鶴さんそっくりの声で呼ばれたけれど

 

僕は闇に すがらずにはいられなかった。

 

 

 

敵わない・・・

 

僕は千鶴さんに愛されても 叶わない。

 

千鶴さんの分身が欲しい。

 

 

僕は 人でなしになる覚悟を決め 

 

高梨昭三くんのいる病院へ向かった。

 

 

続く。

 

 

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=Hxi9bEEM2ro

 

 

 

2015年6月 8日 (月)

宝生千鶴です

皆様 おはようございます。

 

宝生千鶴です。

 

作者のおチェルは何をしているのでしょう。

 

「やべ~ フェルマーの最終定理 おもろー!」

 

「能、はまる~!」

 

「大学行きたいから勉強するねん」

 

などと 相変わらずアンポンタンな様子で

 

雪が可哀想です。

 

 

と、いうことで 今夜は皆様に

 

能について 少しお話したいと思います。

 

 

物語のはじめに、私が能面を雪に渡すシーンがありますが

 

本来、 能の経験もない若者に 宝である面(おもて)を渡すことは

 

絶対にありません。

 

現に私も 小さい頃は 面にも 楽器にも触らせてはもらえませんでした。

 

でも 雪に渡してしまったのは・・・

 

公私混同はいけないことですが、既に心奪われていたのでしょうね。

 

 

少年の頃は 子方(こかた)という役でした。

 

能面は大きさが決まっています。

 

体が成長しないと 着けられないのです。

 

初めて面を着ける 「初面(はつおもて)」という儀式の前日は

 

緊張と嬉しさで なかなか寝付けなかったことを覚えています。

 

私が14歳の時でした。

 

どうですか?

 

元服に似ているでしょう?

 

私にとっては この儀式こそ元服だったのです。

 

 

実母や継母に見てもらえなかったのが残念です。

 

 

さて、 雪が怖がっている「道成寺」の鐘入りですが

 

この鐘、 重さは約80kgほどあります。

 

自分が飛び上がり 上から落ちてくる。

 

「道成寺」は習いものでも 奥伝の秘曲です。

 

 

父の千草は戦争で失明しましたが

 

能の中には、面をつけて尚且つ 目を閉じて演じるものもあります。

 

そのとき 足の運びは

 

「心」という字を描きながら演じるのです。

 

これは真上から見ないと解らない事で

 

当然 お客様からはわかりません。

 

しかし そこに妙なる能の美学があるように思えます。

 

 

ところで皆さんは 信長に扮した役者が

 

人間五十年 と舞う演技をご覧になったことがおありかと思います。

 

信長は 能を愛していたのです。

 

小鼓を嗜んでいたそうですよ。

 

そして 梅若という能楽師を慈しんでいたそうです。

 

息子の信忠が能に夢中になっていると知ると

 

能のお道具を全部 梅若に渡したそうです。

 

 

太閤秀吉は 大和四座を保護し、

 

徳川家は観世、喜多、宝生を愛でたそうです。

 

 

武家と能の関わり、 能の存続が危ぶまれた時期が到来しました。

 

明治維新です。

 

消滅の危機的状況でした。

 

それを救ったのが・・・・

 

 

天皇家でした。

 

 

 

さて、ここで愛親覚羅溥儀について・・・

 

彼は 一般市民になって再婚します。

 

その彼女が仕事を終えて 会社から出てくるのを

 

雨の中 溥儀はじっと傘をさして立っていました。

 

「まぁ あなた どうなさったの?」

 

溥儀は視線を落としますと そこには工事かなにかの穴が空いていました。

 

 

「君がこの穴に落ちやしないかと心配で・・・・」

 

「それで・・・・ずっと待っていて下さったの?」

 

「さぁ、帰ろう」

 

 

紫禁城が落日を迎え 婉容皇后に対しても 

 

こんな 優しく 切なく 安心できる愛情を向けていたら

 

婉容皇后は あのような最期にはならなかったでしょう。

 

 

源氏の君も、女三宮も 溥儀も

 

愛を知るのが遅かったのです。

 

 

 

嗚呼・・・苦しくなってきました。

 

おチェルよ、 早く更新しておくれ。

 

 

 

宝生千鶴。

2015年6月 5日 (金)

秘花 12

 

 

ヒタヒタヒタ・・・・

 

 

僕が止まると 後ろの人も止まる。

 

僕が進むと 後ろの人も進む。

 

 

論文作成で遅くなった。

 

誰かに・・・

 

つけられている事に気がついたのは何日前からだろう。

 

 

僕は男だし、 

 

ここ最近は洋服だから 女性に間違えられることもないだろう。

 

威勢のいい人だったら 相手を威嚇して近寄らせないようにするのだろうけれど・・・

 

 

僕は家に入るなり 施錠した。

 

ふと下を見ると、 封筒があったので拾い上げた。

 

玄関の鍵をしっかり締めたかと振り返ったら 磨硝子の向こうに人影が見えた。

 

 

僕はなんだかゾッとして、

 

「誰?」と尋ねたが、 人影は幽霊のようにすぅーっと消えてしまった。

 

 

まさか・・・

 

海軍の復員兵か 特攻のご家族が・・・

 

宮園の孫である僕を殺しに来たんじゃ・・・

 

 

ゴクリと喉が鳴った。

 

 

誰も・・・こない。

 

僕は ふぅーっと息を吐いた。

 

 

 

封筒は 上等な紙質で出来ていて

 

中には 「招待状」 なるものが入っていた。

 

 

差出人は  蜂須賀 公男 

 

・・・・

 

 

知らない。 誰だろう。 

 

曲水の宴の招待状だった。

 

どうやら 今度の日曜日に、その蜂須賀亭で斎行されるようだ。

 

 

なんだって僕みたいな一介の学生が

 

曲水の宴に?

 

本当に 僕宛てなのだろうか。

 

 

 

今日は学校へ行く前に 千鶴さんの御宅に伺った。

 

お稽古に向かう支度のお手伝いをさせてもらっている。

 

 

「雪、 最近 なにか変わったことはありませんでしたか?」

 

「はい? ・・・・いえ、別に・・・」

 

 

つけられていることは 黙っておこう。

 

いらぬ心配をさせたくない。

 

 

 

「本当に?」

 

「ぁ・・・あの・・・知らない人から 曲水の宴の招待状を・・・」

 

 

「・・・・やっぱり。 蜂須賀公爵・・・いや。蜂須賀氏ですか」

 

「はい」

 

 

「全く・・・油断も隙もありませんね」

 

「・・・・どういうことですか?」

 

 

「いえ、雪は気にしなくていいんですよ。 行かなくていい」

 

「はい。 燃やしちゃいましたので」

 

 

「えっ?」

 

「・・・欠席のお手紙を書こうかとも思ったのですが、知らない人ですし・・・」

 

 

「で・・・燃やしちゃったのですか?」

 

「はい。 庭で」

 

 

「ブッ フハハハハ! 雪~~~~」

 

抱きしめられて目を瞠った。

 

「ちょっ 千鶴・・・さ・・・ だめです、 しのさんが」

 

「え? しのさん?」

 

しのさんも手伝ってくれていて 襖は開けっ放しなのだ。

 

 

「見えません! 見えていません!」

 

しのさんが手を顔の前でブンブン振っているのが丸見えだ。

 

 

「見えてない って」

 

「・・・・・」

 

もう・・・この御方は・・・困った御人。

 

 

美しい指でそっと唇を触れられる。

 

ぷにぷに押して ぷにゅっと摘む。

 

 

「あの・・・やめてください・・・くすぐったいです」

 

「だめだ。 雪のふっくらとした柔らかいこの唇は私のものなんだから・・・・」

 

顎をすくわれ、そっと口づけを交わす。 

 

どれだけ口づけを交わしても 慣れることがない。

 

いつもドキドキ 胸は弾む。

 

 

「雪・・・・」

 

「はい・・・」

 

「今日から 道成寺の舞台での稽古が始まります」

 

「あ、はい」

 

僕は気持ちを強引に切り替えた。

 

 

「・・・・今日から 千秋楽まで、楽屋にも屋敷にも来なくていいです」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

どうして

 

側にいてと言ったのは貴方なのに

 

離れないでと言ったのは貴方なのに

 

 

 

「・・・・わかりました」

 

「しっかり栄養をとって 物語も書いて下さいね。

 

 そうだ・・・そろそろ雪も 夜の源氏物語が書けるんじゃないですか?」

 

 

体を求め 求められる事を知ってしまった今

 

本当に書けるような気がしてきた。

 

 

「あ・・・・そうだ、学校の論文も仕上げなきゃいけないんです、忙しくて・・・

 

 ちょうど良かった。 お役に立てませんが ご無事を祈っております」

 

 

「しのさん、いるんでしょ? ちょっと来て下さい。聞いていて下さい」

 

「はい若様」

 

 

「雪・・・あなたが大学を卒業してからと思っていたのですが・・・

 

 道成寺が終わったら 入籍しましょう」

 

「・・・はい?」

 

「まぁまぁまぁ♪」

 

 

「あ、あのー 入籍 とは」

 

「ハハ・・・雪、 私 今 あなたに結婚を申し込んだのですよ」

 

 

「え・・・・ええっ?」

 

結婚?

 

 

「勿論、男女のような夫と妻にはなれませんから

 

 養子縁組で あなたは私の息子になるわけですが

 

 これは私達にとっては婚姻です」

 

 

・・・・・・

 

「もう 待っていられないのです」

 

待っていられないって・・・僕は子どもを作れないのに・・・

 

 

 

どうして 道成寺を僕から遠ざけるんだろう。

 

そうだ・・・確か 福山雅治教授が お能に詳しいはずだ。

 

研究室に行ってみよう。

 

ところが、教授は京都の大学に出張で 研究室には鍵がかけられていた。

 

 

 

 

 

ヒタヒタヒタ・・・

 

 

あ・・・また。

 

 

振り返ると 誰もいない。

 

どこかの国に、その目を見ると石にされてしまう妖怪がいると聞いた。

 

 

僕はこれまで以上に 施錠に気をつけるようになった。

 

 

 

 

福山教授に会えたのは 明くる週の月曜日だった。

 

僕ら慶応大学の学生が 先生 と呼んでいいのは 福沢諭吉先生 ただひとりだ。

 

 

「福山教授、 今 よろしいですか?」

 

「ん? おお? これはこれは 今をときめく宮園雪君じゃないか」

 

 

仰々しい言い方が嫌味に聞こえた。

 

「今をときめくって・・・・フンッ なんですか、それ」

 

「ちょうど良かった。 君に話があったのだ。 渡したいもの、報告、エ・ト・セ・ト・ラ」

 

 

僕は嘆息をつき

 

「何ですか?」と尋ねた。

 

 

「君は? 何用?」

 

「ああ・・・お能にお詳しいと伺ったもので」

 

「早稲田大学に能の資料が多くあるが・・・・ふっ 君には必要なさそうだ」

 

 

「・・・・・・」

 

どういう事?

 

僕と千鶴さんの事を知っているような言い方。

 

 

 

「ところで宮園くん、公爵・・・いや、蜂須賀亭の宴には来なかったね」

 

「・・・・教授は行かれたのですか」

 

 

「ああ。 そこで思いもよらぬものを見つけてね。 ほらよっ」

 

 

バサっと 大きな茶封筒を渡された。

 

「なんですか・・・これ」

 

 

中身を見て 驚愕した。

 

「え? え? なんですか、これ!」

 

「なにって お前さんだろ?」

 

 




 

 

「盗撮。  されてんじゃ ねーえーよっ」

 

「こんなに・・・何枚も 同じ写真。 誰が いつの間に 何のために」

 

「俺も驚いた。 元華族や元公爵様、医者や弁護士、

 

 その奥方までその写真を眺めていて 集めるのに苦労したんだ」

 

「・・・何のために、こんな。。。」

 

 

ハッとした。

 

「ん? その顔じゃ これまでに尾行もされてるな?」

 

「教授・・・」

 

 

「お前さん、色街に行ったことはあるか?」

 

「・・・・ありません。 そんなことより」

 

「色街の女や楼主、 元華族様や元公爵様のご婦人方の社交場。

 

 どちらが口が堅いか 分かるか?」

 

「・・・・・・・」

 

 

「お前さん。宝生翠蓮の付き人やってるんだって?

 

 いろんなところに挨拶回りしたんだろ?」

 

「は・・・はい」

 

 

「戦前は まだ少年の面差しのあった宝生翠蓮を 

 

 皆・・・まぁ平たく言えば狙っていたもんさ」

 

 

「!!」

 

 

「その宝生の若が懸想している青年が 

 

 世にも美しい美貌の持ち主で 慶大生で

 

 元を辿れば 超資産家の御子息ともなれば 格好の話題の的だよ」

 

 

「それで どうして盗撮になるんですか」

 

「君が来ない と分かっていたからね。 

 

 招待状を送ったのは 蜂須賀氏の挨拶変わりさ。

 

 お見知りおきを・・・ってとこだな」

 

 

「・・・・・・・・」

 

「気をつけろよ。 あいつらは欲しいものは手に入れないと気が済まないんだ。

 

 宝生の場合は 能がバックにいたからな。 

 

 それに・・・知ってると思うが 愛親覚羅の血縁者だ。

 

 その点、 君は宮園の若といっても おじいさんも父上も亡くなっているし

 

 お兄さんは出家しているし、 後ろ盾がない。

 

 宝石を手元に置きたがるあの連中の餌食というわけさ。

 

 しばらく 宝生の家に匿(かくま)ってもらったほうがいいんじゃないのか?」

 

 

「・・・・駄目です」

 

「え?」

 

「今の・・・道成寺が終わるまで 出入り禁止なんです」

 

 

「ハッ なるほど。 禁欲か」

 

僕はギュッと拳を握った。

 

 

 

「なぁ、 桜の木の下に屍体が埋まってると思うかい?」

 

「・・・・梶井基次郎ですか」

 

 

 

 

「面白いデータがある。 見たまえ」

 

何かのグラフのようだった。

 

細かく 数字が書かれている。

 

 

「これは・・・・」

 

「お前さんは 能を 〝ゆっくりで幽玄な舞” と思い込んでるんじゃないか?」

 

「え・・・・」

 

図星だ。

 

 

「道成寺には 釣鐘が使われる」

 

「釣鐘?」

 

 

「シテ、 舞手だが、 シテはその釣鐘の下で舞うのさ。

 

 その心拍数・血圧の動きだよ。

 

 急激に変化しているのが分かるだろう?

 

 つまり・・・」

 

「心臓に・・・・大きな負担が」

 

「その通り。 更に 釣鐘だが、シテの真上に落ちてくるんだ」

 

 

!!!!

 

 

「落ちてくるのと同時にシテは飛び上がる。 一歩でも間違えたら・・・・・」

 

「・・・・鐘と・・・激突・・・・!?」

 

「ご名答」

 

 

そんな・・・・そんな!

 

 

(生命保険の受取人は雪になっていますからね)

 

 

「過去には大事故もあったのだ。 首の骨を折る。 膝が割れる」

 

僕は耳を塞いだ。

 

 

「やっ やめてください!」

 

「お前さんを近づけないのは 君がまだ宝生と対等じゃないからだ」

 

「っ!!」

 

 

「愛してるだけじゃ無理なんだよ。 彼にはそれが分かってるから君を遠ざけたんだ」

 

「・・・・・千鶴さん」

 

 

「お前さんは 宝生翠蓮の恋人である前に 学生で作家になる夢もある。

 

 宝生が自分の手元で お前さんの才能を大事に育てたい気持ちは分かるがね」

 

 

「・・・・・僕は・・・・子ども扱いされたんですね」

 

 

 

「そこにつけ込んでくるのが 公爵や奥方たちだ。

 

 あいつらは何も分からなくても平気で 桜の花見ができるんだよ。 

 

 いいか。 連れ攫われないよう気をつけろよ。

 

 誰も家に上げるなよ」

 

 

「・・・・・はい。 ご忠告・・・・有難う存じます・・・・・」

 

「君がはやく 宝生と桜の木を眺められるよう祈ってるよ」

 

 

僕はフラフラと 教授の部屋から出ようとした。

 

 

「ああ。 高梨昭三君だが」

 

「え」

 

「入院したよ。 脊椎カリエスだ」

 

 

 

 

 

千鶴さんと対等にならなければ・・・

 

このままでは僕は ただ与えられるだけの存在になってしまう。

 

今までもそうだった。

 

祖父と父の遺した金で家を買い大学に通い生活している。

 

このままじゃ・・・駄目だ。

 

 

高梨くん・・・

 

咳が止まらないと思っていたら・・・結核だなんて・・・!

 

彼ほど優秀なら 総代になれたはずなのに。

 

 

僕は 宵闇迫る家路を トボトボ歩いて帰った。

 

 

 

 

 

う・・・あ・・・・

 

体が・・・熱い・・・

 

 

夜中にガバッと起き上がるのは何日目だろう・・・

 

僕・・・千鶴さんが欲しくて 体が疼いてるんだ・・・

 

こんなはしたない僕を 千鶴さんは嫌ったりしないだろうか。

 

 

 

 

晩ご飯・・・ちゃんと食べなきゃ。

 

学校の帰りに 少しの野菜を買った。

 

 

ヒタヒタヒタ・・・

 

 

 

 

 

近い。

 

 

家までもう少し・・・

 

僕は走った。

 

千鶴さんの名を 心で叫びながら。

 

 

千鶴さん! 千鶴さん!

 

 

家に着いた、と思った刹那、腕を掴まれてギョッとした。

 

 

「いや! 離せっ!」

 

「離さないよ・・・君は私の患者なんだから」

 

は?

 

顔を見て驚いた。

 

貧血で担ぎ込まれた時の担当医だ。

 

 

「な、 なんですかっ 一体! 僕をつけて・・・なんのつもりですか!」

 

手首をギュウっと握られて離れたくても離れられなかった。

 

僕は必死にもがいた。

 

 

「医者が患者のその後を心配するのはっ当たり前だろうっ」

 

「ぃや・・・・い、痛いっ 離してっ!」

 

「ふぅーん、 そんな声で泣かれたらっ 男はほっとけないでしょうよ」

 

「な・・・いやっ」

 

家の中に雪崩のように入ってしまった。

 

 

「さぁ、黙って薬を飲みなさい。 それとも君は口移しのほうがいいのかな」

 

「い、いやっ!!」

 

 

 

「はいそこまでー」

 

!!

 

 

誰かが医師の肩を掴んで 無理やり僕から引き離した。

 

 

「きょ・・・教授!」

 

「だーかーら言ったろ? 気をつけろって」

 

 

僕は咄嗟に福山教授の後ろに身を隠した。

 

 

「あんた曲水の宴の時も来てたな」

 

「・・・慶応の教授か」

 

「俺の生徒に なにしてくれるんだよ、ああ?」

 

「私の・・・患者だ! 体を気にして何が悪い」 

 

「違う! 僕は通院していない!」

 

「だとさ。  おたく これ以上こいつに付きまとうっていうなら」

 

ボキボキっと指を鳴らした。

 

「法的手段に出るよ」

 

「な! 私はただ薬を届けに・・・」

 

「言い訳無用! さっさと消えろ!」

 

 

 

 

麦茶を出したら喜ばれた。

 

「教授・・・どうも有難うございました・・・」

 

「まったく、 お前さんに詩を届けてやろうと思って来てみたらこのざまかよ。

 

 宝生にも気をつけろって言われてるんだろ?」

 

 

「はい・・・・気をつけます」

 

「ぷっ ぶははははは」

 

「え? え?」

 

「どこが気をつけます だよ。 誰も家に上げるなって言っただろうが」

 

「誰も・・・上げていませんが」

 

「じゃあ俺はなんでここでお茶を飲んでるんだ?」

 

 

あ!

 

 

教授はポンポンと僕の頭を撫でて にっこり微笑んだ。

 

「だって・・・・僕・・・信じていますもん・・・教授の事」

 

「・・・・・・」

 

 

教授は半ば逃げるように さっさと玄関に行ってしまった。

 

 

「ああ、忘れるとこだった。 これを渡そうと思って来たんだ」

 

「え?」

 

「こういう詩はね、 声に出して読むがいいよ」

 

「萩原朔太郎・・・」

 

「じゃあな、 鍵ちゃんとしとけよ」

 

「はい。有難うございます」

 

 

 

こころ

 

 

僕は 声に出して 丁寧に読んでみた。

 

 

押し寄せる千鶴さんへの想いで胸が張り裂けそうだった。

 

 

今日は・・・千秋楽。

 

 

行こう。 千鶴さんの家に。

 

愛しいたったひとりの人に会いに。

 

 

「雪様! 雪様!! いらっしゃいますか雪様!!」

 

ええっ

 

しのさん?

 

なに、 どうしたの。

 

胸が一瞬でざわめいた。

 

 

「しのさん、どうしたの」

 

「早く・・・病院へ! 若様が・・・倒れられて!」

 

「え・・・ええっ?!」

 

心臓が飛び出るかと思った。

 

 

「早くお車へ! 慶應医学病院です!」

 

「怪我したのっ?」

 

「わかりません、今 旦那様と新様と房枝様が向かってらっしゃいます」

 

「な・・・」

 

 

しっかり・・・・しっかりしないと!

 

千鶴さん、千鶴さん!

 

 

僕はギュウッと両手を握り締めた。

 

手の中には 教授のくれた 「こころ」が 悲鳴を上げるように皺になっていた。

 

 

「こころ」

 

こころをば なにに たとへん

こころは あじさゐの花

 
ももいろに咲く日はあれど

 
うすむらさきの 思い出ばかりは せんなくて

こころは夕闇の 園生(そのう)のふきあげ

 
音なき音の あゆむひびきに

こころはひとつによりて 悲しめども

かなしめども あるかひなしや

 
ああ このこころをば なにに たとへん

こころは二人の旅びと

されど道づれのたえて 物言ふことなければ

わがこころは いつも かくさびしきなり 

 

 

     萩原朔太郎

 

 

続く。

 

 


秘花 11

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

「出家を・・・弥勒菩薩の元へ。 阿闍梨を呼んで下さい」

 

「駄目だっ それだけはいけないっ 紫!」

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 

目が覚めたのはもう夕方だった。  

 

記憶の所々で、千鶴さんが 僕を抱きかかえて

 

薬を口移ししてくれたのを覚えている。  

 

耳元で囁く声も・・・

 

 

(雪・・・)

 

(・・・やめて・・・うそ・・・やめないで・・・・)

 

(ああ・・・雪)

 

 

朦朧とした意識の中でも

 

疼きが解放されたのが分かった。

 

 

(・・・・吸い・・・とって・・・・全部、 あっ あぁっ)

 

 

 

 

起きなきゃ・・・明日は学校に行けるかな。  

 

千鶴さんは お稽古に行ったみたいだ。

 

ちゃんとご飯を食べて 

 

普段の生活を取り戻して   千鶴さんを安心させなきゃ。    

 

 

カラカラカラ  

 

あ、千鶴さん。  

 

 

 

「雪?」

 

え、この声・・・まさか。   

 

 

「ああ、雪。 久しぶりだね」  

 

「兄さん・・・」   

 

 

 

◇  

 

 

「雪、お料理が上手いね。 お母さんの味付けと同じだ」  

 

 

両手首に包帯。   首筋に色素の沈着。

 

歯型のあざ。

 

考えられるのは 日常的な・・・・暴力。

 

 

あいつ・・・・か

 

 

 

「兄さん どうしたの・・・急に」  

 

「フフ・・・全然帰ってこない弟を心配して何が悪い。 

 

  お母さんに連絡しないと駄目だよ」  

 

 

「うん・・・・」  

 

 

荷物ひとつない。

 

 

「雪」

 

「はい?」

 

 

「・・・雪、いいひとが できたの?」

 

「・・・・・うん。 あの・・・ね、兄さん、 そのひと・・・男の人なんだ」

 

 

「・・・・うん。分かるよ。 そうだと思った」

 

「・・・・・兄さん・・・まだあの人と」

 

 

「雪、 お風呂もらっていい?」

 

「あ・・・はい どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 

 

「雪」

 

千鶴さん!

 

 

僕は玄関にいる千鶴さんに駆け寄って抱きついた。

 

背中をポンポンされて心地よかった。

 

 

「あのね千鶴さん」

 

「ん? というか雪・・・ あのね なんて、可愛い」

 

 

兄のことを説明する前に抱きしめられて唇を強引に奪われた。

 

 

「ん・・・・待って・・・待って、兄が・・・来てるの」

 

「え、お兄さんが?」

 

 

 

兄は風呂から上がって 浴衣を着ていた。

 

こうしていると 僕にそっくりだ。

 

 

包帯が取られ、手首に紐状のもので絞めたあざがくっきりと見えた。

 

 

「はじめまして。 宝生千鶴です」

 

「はじめまして、雪の兄の音羽(おとわ)です」

 

 

「ご住職と伺いました。 てっきり頭を丸められているのかと」

 

「ああ、そうでしょうね、でも村の皆に反対されまして」

 

 

 

村の皆・・・違う。

 

あいつだ。

 

庄屋の息子。

 

 

千鶴さん・・・・見てる。 あざを。

 

何をされているのか・・・容易に察しがつく。

 

 

 

「・・・・こんな事を軽々しく言うものではありませんが 音羽さん・・・大丈夫ですか」

 

 

 

 

 

 

兄はニッコリ微笑んだ。

 

「・・・宝生さん」

 

「はい」

 

 

「僕と雪・・・そっくりでしょう? 顔も 声も 背格好も」

 

「そうですね。 よく似ておられる」

 

 

「二歳離れているんですけどね、 よそに行くと双子に間違われるんです」

 

「そうですか」

 

 

 

 

「・・・・たとえば 真っ暗な部屋に 僕と雪がいても

 

 貴方は間違いなく 雪の手を取る自信がありますか?」

 

 

「ありますよ。 私が雪を間違えるはずがない」

 

「そういうことです」

 

 

兄さん・・・・

 

兄は手首のあざを もう片方の手で摩った。

 

 

「・・・・宗一郎・・・といいます。 僕の相手。 

 

 宗一郎も絶対に間違えない。 僕を選ぶ。

 

 事実、宗一郎は 雪には 指一本触れていませんから」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「お見受けしたところ 貴方は大人で 立派な方で

 

 雪では・・・・その・・・物足りないのでは」

 

 

「いいえ、このひとじゃないと駄目なのです。 私が」

 

 

「ひとにはそれぞれ 幸せの形があるのです。

 

 雪は・・・ハハハ・・・ 私が不憫に見えるらしい」

 

 

「・・・・・」

 

 

 

「もし 幼い雪を負担に思っておられるのなら このまま連れて帰りますが」

 

「なっ、 どうしてそうなるんです?」

 

 

 

僕を・・・殺しに来たのだ  と僕は思った。

 

宮園一族を 自分の手で消すために。 

 

 

(薬・・・ この薬をお前たちにあげよう・・・・一瞬で死ねる薬だよ)

 

 

御祖父様・・・・

 

 

 

「雪」

 

「・・・はい 兄さん」

 

 

「この御方は能楽師の若様で 後継者が要る御人だよ?」

 

「・・・・・解っています」

 

 

 

「音羽さん、 私から雪を奪うつもりか。 そんなことはさせない、絶対に」

 

 

兄の両手が 僕の頬を包む。

 

 

兄の瞳に もう 千鶴さんは写っていない。

 

 

「雪・・・・帰ろう 信州に。 一緒に御仏の御側にゆこう」

 

 

「私の・・・・愛しい人を 貴方は兄というだけで 奪い去ってしまうつもりか!」

 

 

 

頭が・・・・ぼうっとする・・・

 

 

 

 

紫の上は 出家を望んでいた。

 

弥勒菩薩の元に帰ると・・・・

 

 

 

「そんな事はさせない! 雪、 私の隣に来なさい!」

 

「信州の・・・・・あの村に・・・・村の掟・・・」

 

「雪!」

 

 

 

無理矢理 抱き寄せられた。

 

 

嗚呼・・・伽羅の香り・・・

 

 

千鶴さん・・・・千鶴さん!

 

 

 

「音羽。 いるのか音羽」

 

 

玄関・・・あの声・・・

 

 

「宗・・・・一郎 」

 

 

僕は弾けたように玄関に走り、

 

その男の顔面を思いっきり拳で殴った。

 

 

バキッ!  バキッ!  バキッ!

 

 

宗一郎は抵抗しなかった。

 

 

「雪! やめるんだっ」

 

「離して! 殺してやる! よくも兄さんを・・・・!」

 

 

千鶴さんが羽交い絞めして 僕の暴走を止めた。

 

 

「宗一郎・・・」

 

 

危うく兄を殴るところだった。

 

宗一郎を優しく抱きしめて 兄は彼の口元の血を舐めた。

 

 

「・・・・音羽・・・・死ぬつもりだったんだろう? 雪を道連れに」

 

「・・・・・」

 

 

「雪は死んじゃ駄目だ・・・音羽。 お前もな」

 

「・・・・・どんなに離れても 僕を見つけるんだね。 宗一郎」

 

 

「・・・・・見つけるさ・・・・お前が終わる時 俺も終わるんだ」

 

 

「僕は・・・君にしか感動しない」

 

 

 

 

 

今夜は 僕の家に、兄と宗一郎が泊まり

 

僕は千鶴さんの家に向かうことになった。

 

 

 

「君にしか感動しない・・・・か。 まいったな」

 

「・・・・・・」

 

 

僕は夏目漱石の一文を思い出していた。

 

 

「恋愛は罪悪ですよ。 解っていますか・・・・」

 

「雪を愛することが罪悪なら 私は喜んで罪人になろう」

 

「・・・・・・」

 

 

 

「雪。 これを」

 

「何ですか・・・これ」

 

 

「生命保険証だよ。 受取人は雪になっている」

 

「受取人?」

 

 

「・・・・私に何かあったら 君に私の全てを遺す」

 

 

何か・・・・何かって・・・

 

 

「千鶴さんに何かあったら・・・・僕が平気でいられると思うの?」

 

「雪・・・ずっと一緒にいよう。 私たちは連理の木になるんだよ」

 

 

願わくは・・・・

 

 

天に在っては願わくは比翼の鳥となり

 

地に在っては願わくは連理の枝とならん

 

 

続く。

 

 

2015年5月23日 (土)

秘花 10

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚  

 

源氏物語   紫陽花 : 宮園雪  

 

 

麗らかな春の日の中、

 

若紫は北山の寺院の境内で 蝶が舞うのをじっと見つめていました。

 

 

「阿闍梨(あじゃり)」

 

 

若紫の後ろに 気配を殺し近寄っても 

 

自分が見えてしまう若君に やはり・・・と思いました。

 

 

「・・・・・これは、いやはや若紫殿とは かくれんぼができませぬな」  

 

阿闍梨は そんな幼子の遊びなど この方に通じぬと分かりながらも 

 

見た目の幼さに つい言ってしまうのでした。

 

 

 

「あれが見ゆるか」  

 

「蝶・・・にござりまするか」

 

 

「もうじき死ぬ」  

 

「え」

 

 

すると蝶は 空中で止まって くるくると回り始めました。  

 

 

「蜘蛛・・・・」  

 

「阿闍梨、どう思う。 蝶が哀れと思うか」

 

「・・・・・・」  

 

 

「お釈迦様は・・・腹を空かせた虎を助けるために 

 

 自分の身を捧げて 虎に喰わせて生まれ変わったのじゃ。

 

 蝶も蜘蛛も哀れじゃが どちらも幸せじゃ」  

 

「・・・・・はい」

 

 

 

「源氏の君を知っておろう?」  

 

「は、はい」  

 

「もう来る。 私をさらいに来るのじゃ」  

 

「・・・・なにゆえ。 あなたさまは・・・・」  

 

 

「阿闍梨、面白いから見ておれよ。 私が合図するまで」  

 

 

 

「姫!」  

 

「薫衣(くぬえ)のあにさま」  

 

若紫の声色は 少女のものでした。  

 

若紫は 光の君に駆け寄りました。  

 

 

「あにさま、今日はお花畑に参りましょう」  

 

「いや、今日は貴女を迎えに来たのです」

 

 

「・・・・むかえなら・・・ててぎみがこられるから だめ」  

 

「! 父君が? ではその前に 貴女を連れ去らわねば」  

 

「・・・・・・」  

 

 

阿闍梨の方を振り返りました。  

 

「源氏の君、なりませぬぞ。 その御方は弥勒仙花ですぞ」  

 

「みろくせんか・・・・まさか・・・・おのこか?」  

 

 

「私を連れて行っても何にもなりませぬ。 ウフフ」  

 

「・・・・・いや、そなたは私のものだ」  

 

「源氏の君!」

 

 

「・・・・子をなさぬのに?」  

 

「私の子が欲しいか?」  

 

 

「欲しい・・・と言えば なんとする」  

 

「ならばあげよう。いつか必ず。 だから私のそばへいておくれ」

 

 

「嫌だと・・・言ったら?」  

 

「連れて帰る。どんな事をしても」  

 

 

若紫は 阿闍梨に駆け寄って抱きつきました。  

 

そして その心に話しかけました。  

 


(阿闍梨、 私は虎に喰われよう。 そして必ず弥勒菩薩のひかり野へ戻ってくる)  

 

(若君!)  

 

(よいか。連れ去られるのではない。 連れていかせるのじゃ)  

 

(っ!)  

 

 

源氏の君は嫉妬に燃え、

 

若紫を阿闍梨から無理矢理引き離し 馬に乗せました。  

 

 

「嗚呼・・・そなたは私のものだ。 一生、私だけのものだ」     

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

 

 


 

・・・・疲れた。  

 

今日は何だか気分が悪くて学校を休んでしまった。 

 

初めてだ。 学校を休むなんて。  

 

何か・・・食べようか。  

 

母が送ってくれた米や野菜・・・・  

 

 

(お前が食いたいものを おらにくれ)  

 

(お前を口減らしの穴に放り込む) 

 

 

・・・・・  

 

家にいるときは ほとんど食べない。  

 

駄目だ。 食べなきゃ・・・・  

 

 

「ごめんくださいませ」  

 

「・・・・はい」  

 

 

あれ? この声。  

 

 

「房枝・・・・さん・・・・」  

 

「すみません、突然うかがったりして」  

 

 

「いえ・・・よくここが分かりましたね」  

 

「ハイヤーの運転手さんに 慶応大学の宮園さんの御宅と訊いたのです」  

 

 

「は・・・そうでしたか」  

 

そうだよね。 

 

大学生が家を買って 一人で暮らしてるなんて、世間の人はよく知っていることだ。  

 

 

 

「今日は、お花を持って参りましたの」  

 

「あ、どうぞ上がって下さい。 今、お茶を出しますので」  

 

 

「あ、いえお構いなく。 直ぐに帰りますから」  

 

よわったな・・・お茶菓子が有れば良かったのに。  

 

 

「・・・・それは?」  

 

「ケイトウですわ」  

 

 

「真っ赤ですね・・・」  

 

「お庭に 植えて頂けると嬉しいです」  

 

 

「それは有難うございます」  

 

 

「花言葉は 変わらぬ愛」  

 

「・・・・・・・」    

 

 

(房枝さんと縁談があったのではありませんか)  

 

(新が房枝を想っていましたから)    

 

 

 

「・・・・・」  

 

「雪さん」  

 

 

「はい」  

 

「千鶴様を お願いしますね」  

 

 

「・・・・・はい」  

 

「私・・・・赤ちゃんができたの」  

 

 

「え・・・・ええ!?」  

 

「来年の早春に生まれるの」    

 

 


赤ちゃん・・・・赤ちゃん・・・・

 

 

 

「それはおめでとうございます」  

 

 

房枝さんは ふっくらと微笑んだ。 

 

眩しかった。  

 

 

「新さんも 千鶴様も お義父様も喜んで・・・この子は幸せだわ」  

 

お腹を擦るその顔は もう母親の顔だった。  

 

 

 

「・・・・・夢を」

 

「え?」   

 

 

(新さんに抱かれながら 貴女は誰の夢を見ていたのですか)   

 

 

 

「あ・・・お母さんになると赤ちゃんの夢を見たりするんですか?」  

 

「いいえ、まだ。 そうね、早く見たいわ」  

 

 

「・・・・・・」  

 

 

貴女は 本当は 今でも千鶴さんの事が・・・・     

 

 

「あ・・・お、遅くなったら 新さんが心配しますよ」  

 

「そうね。 じゃあまた、今夜にでも宝生の家にいらしてね」  

 

「はい。有難うございます」     

 

 


 

 

「うっ・・・・!」  

 

房枝さんが帰ったら 急に吐き気がして慌てて洗面所へ向かった。  

 

 

「うううう・・・・ごほっ ごほっ ごほっ」  

 

 

気持ちが・・・・悪い・・・・!  

 

 

その子を下さいと・・・言いそうになった。  

 

誰の子? と訊きそうになった。   

 

 

(負けて悔しい花いちもんめ  その子が欲しい その子じゃわからん)    

 

 

 

「ううう・・・・げぇっ げほっ げほっ」   

 

 

あ・・・・駄目だ・・・視界が・・・・    

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

真っ白い天井?  

 

 

「宮園君?」  

 

「・・・・・たかなしくん・・・・?」  

 

「ああ・・・・良かった。気がついたんだね」  



「・・・・ここ・・・・どこ?」   

 

「病院だよ。学校休んだから どうしたのかと思って家に行ったら倒れてるんだもの、

 

 びっくりしたよ」  

 

 

「・・・・びょういん」  

 

「貧血だって。 それから・・・栄養もちゃんと摂らないとだめだって先生が」  

 


「病院・・・・病院?」  

 


腕を見ると針が刺さっていて 点滴をされていた。  

 

 

「!!」  

 

 

「これ、薬。 目が覚めたら飲むようにって先生が」  


 

「薬・・・・薬・・・・!」  

 

手のひらに薬を置かれて ガタガタ震えが来た。   

 

 

「宮園・・・?」  

 

 

僕は 点滴の針を引き抜いた。  

 

 

「宮園! 何してるんだっ」  

 

「いやっ! いやだっ!!」  

 

「落ち着け宮園! 先生を呼んでくる!」  

 

 

「いやぁ!!」

 

 

「雪!」  

 

 

朦朧とした意識の中、

 

病室に入ってきた千鶴さんに抱きしめられたのが分かった。  

 

 

「ち・・・ちづるさ・・・・」  

 

 

口の中に 水が入ってきた。  

 

口移しされてる。  

 

 

ゴクッ・・・・  

 

荒い息のまま抱きしめられる。  

 

 

 

「どうしました、宮園さん!」  

 

「大丈夫です。薬は飲ませました」  

 

 

「点滴を・・・駄目じゃないですか! 

 

 全く・・・・

 

 君は宮園製薬のお孫さんじゃないのかい?」  

 

 

「・・・・・・」  

 

震えが・・・止まらない・・・

 

 

 

「フン、 宮園翁の若が薬を飲めないなんて、とんだお笑い草だ」   

 

 

 

 

次の瞬間、 ひょいっと千鶴さんに抱えられた。  

 

 

「君、 雪の学友ですか?」  

 

「あ、はい。 高梨昭三といいます」  

 

 

「退院手続きをしてくれませんか。 私は両手が塞がってるから」  

 

 

千鶴さん・・・・  

 

 

「何言ってるんですか! 彼は私の患者だ。 勝手な真似をされたら困る!」  

 

「貴方のような医者に大事な人を預けられない。 雪、帰ろう」  

 

 

「返しなさい! その患者は私のだ!!」

 

 

「私の? そんな事を言っていいのはこの私だけだ」

 

「勝手にするがいい! でももし今度倒れても診ないからな!」

 

 

 

 

廊下が長い。  

 

暗い。  

 

貧血のせいだろうか。  

 

 

「待って下さい!」  

 

「・・・・何ですか、高梨君」  

 

 

「その人を どうするつもりですか」  

 

「・・・・・」  

 

 

「溺れかけている雪君を、貴方は助けに来たのですか、沈めに来たのですか」  

 

 

 

高梨君・・・・  

 

 


「・・・・・・実に詩的だな。 その両方だよ。 雪は私のものだから」  

 

「・・・・・・覚えておいて下さい。 もし雪君に何かあったら・・・・その人の身に。  

 

 僕は地の果てからでも駆けつけて 貴方を見つけて必ず殺す!」

 

 


・・・・・・!!!

 

 

 


(好きな人がいる)  

 

(君に一番最初に読んでほしい)  

 

 

あ・・・・・  

 

 

「・・・・・・確かに承(うけたまわ)った」    

 

 

 

僕は 千鶴さんに連れられて、宝生の家ではなく 僕の家に帰った。

 

ぬばたまの暗い夜は 

 

能の 「鵺」 を思わせる。

 

 

闇と光の合わせ鏡。

 

 

僕は

 

連れ去られる のではなく

 

連れていかせたのだ と、

 

愛しい男の胸の中で沈むように思った。

 

 

 

   

 

 

続く。

2015年3月 5日 (木)

秘花 9

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2014年11月13日 (木)

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2014年10月31日 (金)

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2014年10月30日 (木)

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2014年10月28日 (火)

秘花 5

「日本画ではよく描いたのだが、鶴を彫るのは初めてなんだよ」
 
「そう・・・なんですか」

 
 
「皆 極彩色を好むからね。 鶴は白いから」
 
「ああ・・・」
 

 
成程、言われてみればそうだ。
 
小華さんの龍も・・・
 

  
「火の鳥って・・・ご存じですか?」
 
「うん? ストラヴィンスキーかね」
  

 
「僕にとって鶴は・・・・火の鳥なんです」
 

 
━─━─━─━─━─
 
 
僕には変わった癖がある。

雨が上がる直前の 水溜りを見つめるのが好きだ。 

  
天空から道の窪みに雫は落ちて、
 
その瞬間、水面の四方に空気を飛ばす。
 
雫は すでに溜まった雨水と音も無く融合する。
  
その様子を見ていると、

 

まるで自分自身もこの窪みの水溜りの一部になった気さえする。
  

 

 
 
「宮園君」
 
「・・・・・・」

 
 
「宮園君」
 
「あっ はい、 ああ・・・・すまない高梨君」

  
彼がほのぼの笑うので、僕の可笑しな癖を認めてくれているように思えた。
 
 
「僕はね、小説を書こうと思っているんだ」
 
「へぇ・・・・どんな?」

 
 
「恋愛ものさ。 梶井基次郎と宇野千代をモデルに」
 
「恋愛もの・・・・」

 
 
「そこで一つの疑問が沸き起こったのだ」
 
「・・・・・なぁに?」

 
 
「うん・・・恋愛を成就したことのない僕に 果たして 恋を描けるのだろうか ってね」
 
「・・・・恋」
 
 

 

 
急に それは本当に突然僕の胸を抑えつけた。
 
千鶴さんの顔が 頭と胸の中に拡がって
 
やがて優しい光を放ったのだ。
  

 
僕は赤面しながら 高梨君に問うた。
 
「それで・・・その答えは」
 
「・・・・・好きな人がいる」
  

 
「えっ」
 
「だが・・・・残念だけれど、この胸の内をその人に伝えられないんだ」
 
  

 
どうして・・・・
  

 
そう訊こうとして無意識にやめたのは 

 

彼を取り巻く環境を鑑みての事だったのだろうか。
  
だとすると 僕は偽善者ではないか。
 

 
「好きな人か・・・・」
 
「ああ。 その人を想って書いてみるよ」
 

 
「・・・・・・・」
 
「・・・・・・・」
 

 
ああ、雨の雫は また天空に留まったようだ。

 
 
「宮園君」
 
「はい」
 

  
「・・・・・君に読んでもらいたいんだ、一番最初に」
 
「え? 僕?」
 

 
「ああ」
 

 

 
そんな・・・

 

折角の恋愛小説なら その好きな人とやらに読んでもらえばいいものを・・・・
 

  
「ゴホッ ゴホッ」
  
高梨君は最近よく咳き込む。 

 

彼の背中を摩ると、 その背中は肉のついていない薄いものだった。

  
僕らは皆、痩せていたのだ。 
 

 

 
「大丈夫? 風邪・・・・治りきってないんじゃ・・・・」
  
「頑張って書くよ。 君も何か書いたらどうだい?」
  

 
「・・・そうだね。僕も書かなきゃ。 だって作家を目指しているんだもの」
 
「そうさ 一緒に一流作家になろう。 そしてベストセラーを作るんだ・・・ゴホッゴホッ」
  

 
明るい未来。
 
敗戦後の僕らは 今日を明日を生きるのに精いっぱいだった。
 

 

 

 

 
今日は午後から休講なので、千鶴さんの家に向かった。
 
ここ毎日通っている。
 
というより、通わされている。
 

 
「夕飯を一緒に食べましょう」
 
「午後から休講? 私は朝からお休みですから丁度良いですね」
 

 
若様の我儘が、僕には嬉しかった。
 
こんな僕を 必要としてくれて。
 

 
 

 

 
「ごめんください」
 

 
千鶴さんの家は離れだが、母屋にしのさんがいるので声を掛ける。
 

 
「あらあら雪様、 若様はお待ちかねですよ。 お昼、お持ちしましょうか」
 
「い、いえ。 食べて参りましたのでお気遣いなく・・・・」
  
 
雪様 と言われてくすぐったいような気持ちになる。
 

 
「では千鶴さんの家に参ります」
 
「はい ごゆっくり^^」
 

 
 
ああ、雲の流れが速いのか 

 

青空が悪戯にポッポっと影を作る。
 

  
池を見ると、 誰かいたので 途端に畏まってしまった。
 

 
 
「あ・・・・君はもしかして雪さん?」

「は、はい。 宮園雪と申します」
 

 
しゃがんでいたその人と もう一人。
 
綺麗な若い男女だった。
 

 
「兄から雪さんの事を伺っていますよ」
 
「あ、じゃあ貴方は・・・」
 

 
「弟の新です。 これは家内です」
 
「初めまして、家内の房枝です」
 
「は・・・・初めまして」
 

 
なんて綺麗な二人なんだろう・・・・
 
宝生の人は 皆 お綺麗だなぁ と感心していると、
 

 
「はい これ」
 
と小さな団子を手渡された。
 

 
「なんですか?これ」
 
「鯉にやって下さい」
 

 
声が千鶴さんとそっくりなので ドキドキした。
 
ポイッと投げると 錦鯉が寄って来てパクッと食べた。
 

 
「ウフフフ。 ここの鯉はね、全員僕に慣れているのですよ」
 

 
全員 と言うのが可笑しくて笑ってしまった。
 

 
「僕が池のほとりに立つだけで寄ってくるんです。 凄いでしょう」
 
「あら、あなた。 わたくしも同じですわ」
 

 
「違うよ房枝。 新さんだ~と思って近寄ったら違う人物なので残念がっているのだよ」
 

 
ブッ
 
千鶴さん そっくり。
 
和やかなご夫婦だなぁと 心が柔らかくなった。
 

 
「まぁ、雪さんを独占していると千鶴様に怒られますわ。 雪さん、早く行って差し上げて」
 

 
 

 

 
「あ、雪♪」
 
「こ、こんにちは。 お邪魔します」
 

 
 
恋。
 

 
どうしてあの言葉が 千鶴さんと繋がったのだろう。
 
僕は 俯き加減で正座した。
 

 
「今・・・池のほとりで新さんと房枝さんにお会いしました」
 
「ああ・・・・そうですか」
 
「はい」
 

 
「新は・・・私と似ていないでしょう?」
 
「いえ・・・お優しくて穏やかで そういうところは千鶴さんにそっくりです」
   

 
「・・・・有難う」
 
「いえ・・・」
 

 

 
「そうだ、雪。 君にこれをあげようと思って」
 
机に出されたものは 一冊の本だった。
 

 
「蘭・・・亭・・・序?」
 
「蘭亭序(らんていじょ)です。 王羲之(おう ぎし)の。 私もお手本にしているのですよ」
 

 
「・・・・こんな立派なものを頂いても・・・」
 
「よいのですよ。 でも ただとは言いません」
 

  
「はい?」
 
「雪。 私の付き人になって下さい」
 

 
「つき・・・・」
 
「付き人です。 但し君は学生なので学業を優先して下さい」
 

 
「ちょ、ちょっと待って下さい、僕は・・・・宝生流の人間ではありませんし」
 
 
ただでさえ 誰も入れさせないという楽屋に入らせてもらって
 
他のお弟子さんたちに申し訳ないのに・・・・
 
 
「困りましたね。私は雪が適任だと思うのですが」
 
「どうしてですか」
  
 
「それは・・・・・」
 
「・・・・・?」
 
 
「・・・・あっ、稽古中は 楽屋で小説を書いたらどうですか? 紙とペンは用意します」
 
「小説を?」

 
 
「そうです。 前に芥川比呂志君が来たと言いましたよね」
 
「は・・・はい」

 
 
「君は芥川賞って知っていますか?」
 
「はい、勿論。 優れた作品の中から選ばれる 最も名誉ある賞です」
 
「目指してみてはどう?」
 
 

  
は?  (?_?)
 

 
 
僕は笑ってしまった。 この人は本当に純粋でお可愛らしい。
 

 
「何が可笑しいのです?」
 
「だって、僕は19歳の大学生ですよ? 
  
 芥川賞なんて雲の上の、そのまた上の人が貰える賞ですもの」
 
 
「雪。 何もおかしくありませんよ。
 
 豊かな感性と実力があれば、19歳の大学生が芥川賞を取る日が来るかもしれない」
 
 
 
 
・・・・・・・
 
 
僕は千鶴さんの真っ直ぐな瞳に吸い込まれてしまった。
 
 

 
「・・・・・・・」
 
「雪?」
 

 
「あ・・・あのう。 一つ伺ってもいいでしょうか」
 
「なんですか?」
 

 
「どうして・・・・千鶴さんは・・・その・・・・発光しているのですか?」
 
「え?」
 
 

 
初めて会った時も 今も
 
千鶴さんの周りが ポウッと優しい光を放っている。
 
不思議な人。
 
千鶴さんが そう言うと、いつの日か大学生でも名誉ある賞を取れる気がした。
 
 
 
「ごめんください」
 
「あれ、しのさんだ。はーい」

 
 
「失礼いたします。 雪様、 これ 房枝様から」
 
「え。 房枝さんから?」
 
小さな可愛らしい柄の巾着袋。
 
 
「では 失礼いたします。 お夕飯はお二人分ご用意させて頂きます」
 
 
 

 
両手の中に すっぽりと収まった可愛らしい袋。
 
「なんですか?」
 
「さぁ・・・なんでしょう。 開けてみますね」
 
 

  
中に入っていたのは・・・
 

 
「わぁ♪ 金平糖。 可愛い」
 
「ブッ  ウフフフ。 雪、美味しそうの間違いでしょう?」
 

 
 
ボッ
 
 
なんと不謹慎な。
 
食糧難のこの時に、食べ物を見て 可愛いなんて。

  
「雪も房枝も どうして女の人はすぐ可愛いとか言うのでしょう?」
 
「ぼ、僕は男です」
 
「あ、そうでした」
 

 
ニヤニヤ意地悪く笑っている千鶴さんが
 
悪戯大好き少年に見えて吹き出してしまった。
 
 

 
「雪・・・・私が何故 ここに居るのか知りたいですか?」
 
「え」
 

 
「・・・・私と新はね、母親が違うのです。 私は・・・・婚外子なのですよ」
 
 
外は日が照っているのに さらさらと日照雨(そばえ)が降ってきた。
 
僕の心に 雫の波紋が拡がる。
 
  

 
僕は もう決めていた。
 
千鶴さんの付き人になろうと。
 
千鶴さんの側にいようと。
 
  

 
そうして 自分の物語を書く前に
 
今の気持ちと重なる詩を
 
真っ新な紙に、記念に記しておこうと思った。
 

 
 

 
「初恋」 
 
薄らあかりにあかあかと
 
踊るその子はただひとり。
 
薄らあかりに涙して  
   
消ゆるその子もただひとり。
 
薄らあかりに、おもひでに、

踊るそのひと、そのひとり。



 
       北原白秋「思ひ出」より

 


2014年8月 1日 (金)

秘花 4

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2014年7月31日 (木)

秘花 3

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2014年7月19日 (土)

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